時慶娘が言った。
「二人がいっしょに行っては拙《まず》いじゃありませんか、私はここにおりますから、まずあなたが往って、お父さんに逢ってお父さんの容子を見てきてください」
興哥は一人で往くことにして舟をあがりかけると、慶娘が呼び返した。慶娘は懐から鳳凰の釵を出した。
「もし何かのことで疑われるといけませんから、これを持っていらっしゃい、証拠になりますから」
興哥は慶娘の言うなりになって、釵を持って舟をあがった。
興哥はおどおどしながら呉家の門を入った。そして、入口へ往って扉を叩いた。扉の音は興哥の耳に強く響いた。
扉が開いて知らん顔の取次が出てきた。
「私は興哥という者でございますが、御主人にお目にかかりとうございます」
取次の男は入って往った。興哥は恐ろしいものでも待つようにして取次の帰ってくるのを待っていた。すると内から防禦の声が聞えてきた。
「興哥さんか、よく帰ってきてくれた、わしの待遇がわるかったから、あんたもいるのが厭であったろう、だが、よく帰ってきてくれた」
防禦はそう言い言い出てきた。興哥はそのまま地べたへ頭を擦りつけた。
「どうか今までの罪を、お許しを願いま
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