金鳳釵記
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)崔興哥《さいこうか》は
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崔興哥《さいこうか》は春風楼を目的《めあて》にして来た。そこには彼の往こうとしている呉防禦《ごぼうぎょ》という富豪の家があった。少年の時、父に伴われて宣徳府《せんとくふ》へ行ったきりで、十五年間一回もこの揚州へ帰ったことのない興哥は、故郷とはいえ未知の土地へ来たと同じであった。彼は人に訊き訊きして、もう陽の落ちる頃、やっと呉防禦の家へ著いた。
表門を入って中門の前へ往ったところで、下男が門を締めようとしていた。興哥は手をあげて下男を招いた。
「わしは、旅から帰ってきた興哥じゃ、旦那様にお眼にかかりたいから、取次いでくれないか」
下男は不審そうに興哥の風采をじろじろ見てから入って往った。興哥はそこへ立って黄色に夕映した西の空を見ていた。
下男が急ぎ足で引返してきた。その下男は初めの態度と打って変って恭《うやうや》しくなっていた。
「旦那様が大喜びでございます、さあ、早くお入りくださいますように」
興哥は入って往った。そのまわりの庭の容《さま》に見覚えがあるような
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