気がした。室《へや》の中へ入ると防禦が出てきて立っていた。
「おお、興哥さんか、暫く逢わない間に、立派な男になった、さあ、おあがり、話したいことが山のようにある」
興哥はほんとうの父親に逢ったように涙ぐましい心地になって、ちょっと挨拶をしながら防禦に随《つ》いて往った。次の室には明るい燈があった。二人はその燈を中にして向きあった。
「今、何か御馳走が出来るが、それまで話をしよう、お父さんもお母さんも、皆御無事だろう」
防禦は心持ちよさそうに顔をにこにこさして言った。興哥は淋しそうな顔を見せた。
「実は、その父も、母も、歿《な》くなりまして」
「なに、お父さんも、お母さんも歿くなった」
防禦は眼を瞠《みは》った。
「そうです、父は宣徳府の理官を勤めておりましたが、三年前に歿くなりました、母の方は、父よりも二三年前に歿くなりました」
「そうか、それは知らなかった、それでは、どこもかしこも不幸だらけじゃ、しかし、よく帰ってきてくれた、力を落してはいかんよ」
「いや、もう私も諦めております」
「そうじゃ、諦めなくちゃいかん、諦めるに就いては、まだ一つ諦めて貰わなければならないことがある」
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