女の詞《ことば》のままに次の室へ往った。

 慶娘はその晩から夜になるときて朝早く帰って往った。その間に一ヶ月半位の時間が経った。
 ある夜、平生《いつも》のように興哥の許へ忍んできた慶娘が囁いた。
「今日までは、何人にも知れずに済みましたが、このさき、どんなことで露われるか判りません、もしそんなことになると、お父さんはああいったような厳格な方だから、どんなに怒るか判りません、私は覚悟をきめておりますから、引き分けられて、一室に監禁せられても諦めますが、あなたの御身分にかかわりますから、二人でどこかへ往って、人の目に著かない処で、静かに暮そうじゃありませんか」
「そうです、私もそう思っていたのですが、これという知己《しりあい》の者がなくて困っております、ただ私の家にもと使っていた金栄《きんえい》という男が、鎮江で百姓をしているということを父から聞いてますが、それは義理がたい男だそうですから、それでもたよって往ってみようじゃありませんか」
 二人はその朝の五更の頃、そっと家を逃げだして、瓜州《かしゅう》から揚子江の流れを渡り、鎮江府の丹陽《たんよう》へ往って、目ざしている金栄の家のことを
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