は当惑してしまった。
「お嬢さん、甚だなんでございますが、私はお父さんに大恩がございます、もしお父さんに、こうしている処を見られましたなら、申しわけのないことになります、どうか放してください」
興哥は俯向いたなりに言った。ふわりとした慶娘の手は放れなかった。
「私はお父さんに大恩があります、どうか私のために帰ってください」
「帰りませんよ、わたしをここへ連れてきたのは何人です、あなたじゃありませんか、わたしは帰りませんよ」
慶娘は不意に大きな声をしながら、興哥の手首を握った手に力を入れた。興哥はこんな声が聞えては大変だと思った。
「困りますよ、そんなことをおっしゃっては、お父さんの耳へ入ったら、大変じゃありませんか」
「でも、あなたが連れてきたのじゃありませんか、連れてきといて、帰れとはひどいじゃありませんか」
慶娘の声は一層大きくなった。
「そんな、そんな大きな声をされては困ります」
「それが困るなら、わたしと彼方へ参りましょう、お厭ならこれから帰って、あなたが、わたしを連れ出したと、お父さんに言いつけますわ」
興哥は女がなすがままになるより他に為方《しかた》がなかった。彼は
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