し》が落ちていた。蹲《しゃが》んで拾って空の明るみに透して見ると、鳳凰の形にこしらえた物であった。
 興哥は、これはきっと慶娘の落したものだろうと思って、追っついて渡そうと思って往きかけると、もう肩輿は中門を入って、それと同時に門の扉がぴっしゃりと締った。
 興哥は翌日下男から渡してもらおうと思って、その釵を持ったままで引返して、小斎の中へ入り、燈をつけて拾った釵をその光に見直した。そして、慶娘はどんな女になっているだろうと思った。興娘が四つか五つで慶娘は生れたばかりの赤ん坊であったことを、おぼろげに覚えている興哥は、時折慶娘に逢ってみたいと思うことがあっても、礼儀正しいそうした家では、遠くから透し見ることすらできないでいた。興哥の好奇心はやがて興娘の方へ往った。おぼろげに覚えている幼顔そのままの興娘の姿が微に思い出された。彼はまた悲しくなってきた。悲しみに捉えられた彼の前には、渓底を見るような微暗い前途が横たわってみえた。俺はこの先どうなるだろう、興娘が歿くなっているのに、いつまでもここに厄介になっていることはできない。身を立てようと思ったところで、それもできるかどうか判らない、俺は
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