「でも舟におります」
こう言って興哥は体を起した。防禦は傍に立っている取次を見た。
「船著場へ何人かやって、調べてこい」
取次は引込んで往ったが、間もなく出てきた。
「どうだ、調べさしたか」
「調べましたが、どの舟にもお嬢様の姿は見えないそうです、まさかそんなことはないでしょう」
「そうとも、慶娘は家におる、夢でも見ていなければ、何か為にすることがあって、そんな事を言ってるだろう」
防禦は怒ってしまった。興哥は女が証拠にと渡した釵の事を思い出した。
「決して私は嘘は申しません、嘘でない証拠には、これを御覧なすってください」
興哥は懐から釵を出して起ちあがった。防禦はそれを手に取って見た。
「これは興娘を葬った時に、棺の中へ入れたものだ、この釵はあんたの家から、許嫁の証に贈ってきたものじゃ、これがどうしてあんたの手に入ったろう」
防禦は考え込んだ。興哥も不思議でたまらないから防禦の考え込んだ顔へ目をやった。
若い女がつかつかと来た。防禦は顔をあげた。今まで奥の室に寝ていた病人の慶娘であった。
「お父さん、私は不幸にして、お父さんとお母さんとに別れましたが、興哥さんとの縁が尽
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