聞いてみるとすぐ判った。
 金栄の家は甚だ富んでいて村の保正《ほしょう》をしていた。興哥と慶娘の二人はそれを尋ねて往った。
「あなた様は、何方様でございます」
 金栄はもう興哥の幼顔を忘れていた。
「私は崔興哥じゃ」
 金栄にはまだ判らないので、興哥は父の姓名から自分の幼名まで言った。
「それでは崔様の若旦那様じゃ、まあ、まあ、こんなに御成人なさいまして」
 金栄は興哥を上へあげて大いに歓待した。そこで興哥は事情を話して、二人で厄介になることになったが、金栄は旧主《きゅうしゅ》に仕えるようにして二人の面倒を見た。
 二人はそれがために何の不自由もなく、一年ばかりの日を送ったが、その時になって慶娘は興哥に言った。
「お父さんとお母さんに知れるのが恐ろしかったから、こうしてきましたが、この頃、お父さんやお母さんのことが気になってたまりません、それに、お父さんやお母さんは、その当座は憤っていらしても、他に児《こども》はないし、帰ってあげたら、かえって悦んでくださるだろうと思いますが、あなたはどう思います」
 興哥も慶娘と同じ考えを持っていた。二人は金栄に別れて揚州へ帰った。そして、舟が著いた時慶娘が言った。
「二人がいっしょに行っては拙《まず》いじゃありませんか、私はここにおりますから、まずあなたが往って、お父さんに逢ってお父さんの容子を見てきてください」
 興哥は一人で往くことにして舟をあがりかけると、慶娘が呼び返した。慶娘は懐から鳳凰の釵を出した。
「もし何かのことで疑われるといけませんから、これを持っていらっしゃい、証拠になりますから」
 興哥は慶娘の言うなりになって、釵を持って舟をあがった。

 興哥はおどおどしながら呉家の門を入った。そして、入口へ往って扉を叩いた。扉の音は興哥の耳に強く響いた。
 扉が開いて知らん顔の取次が出てきた。
「私は興哥という者でございますが、御主人にお目にかかりとうございます」
 取次の男は入って往った。興哥は恐ろしいものでも待つようにして取次の帰ってくるのを待っていた。すると内から防禦の声が聞えてきた。
「興哥さんか、よく帰ってきてくれた、わしの待遇がわるかったから、あんたもいるのが厭であったろう、だが、よく帰ってきてくれた」
 防禦はそう言い言い出てきた。興哥はそのまま地べたへ頭を擦りつけた。
「どうか今までの罪を、お許しを願いま
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