人びとに聞いてみたが、何人《たれ》もお種を見かけたという者がなかった。母親は麦刈に往っている舅と長男に知らし、それからむこうの谷へ草除りに往っている父親にも知らして大騒ぎをはじめた。
お種の変事を知ると附近の者も集まって来た。人びとはお種の母親から数日来のお種のそぶりを聞いて、精神に異状ができてふらふらと家を出たものだとかんがえる者もあれば、何人《たれ》かに誘拐せられて逃亡したものだと考えるものもあった。
午後になって人びとは方面を別けて探すことになった。そして、そのうちの一組は佐川の町から松山街道に向い、一組は高知の城下に向い、一組は日浦坂を越えて戸波方面へ向った。
日浦坂を越えようとした一組は、坂の上のほど落ちの傍まで往くと何人《たれ》云うとなしに云いだした。
「池を見よ」
「池でどんなことがあるかも判らん」
人びとは道の下になった池の縁へ雑木の下を潜《くぐ》っておりて往った。足の下には腐った落葉がぬらぬらしていて足を奪られそうであった。雑木の中にはのりうつ木の花があった。
青澄んだ池の水は山の窪地にひっそりと湛えていた。一行十余人の人びとは水草の生えた池の縁におりて彼方
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