此方に眼をやった。
そのうちに一行の一人が汀《みぎわ》の水草に流れかかっている櫛を見つけた。
「櫛がある、櫛がある」
人びとはその男の指さす方に眼をやった。其処には水に落ちたばかりの黄楊《つげ》の櫛があった。
「なるほど櫛じゃ」
「何人《たれ》か見覚えはないか」
すると壮《わか》い男の声が云った。
「それはたしかに、お種さんの挿しておった櫛じゃ」
それは彼の猪作であった。
「猪作が云やまちがいない、遊びに往きよったから」
暫時の間|何人《たれ》も口を開ける者がなかった。一行の眼は青澄んだ池の面に走った。
「どうしても他じゃない」
「どうしてあげる」
「鉤のようなものを入れるか」
「はやけりゃ助かるかも判らん」
「何人《たれ》か胆力《ひい》の強い者はないか、入ってもらいたいが」
人びとは頭をあつめて評議をした。
「あしが入ってみよう」
それは猪作であった。
「そうか入ってくれるか」
「そりゃいい」
猪作は衣《きもの》を脱ぎ、脚袢を除って池の中へ入り、二足三足往ったが水はすぐ股近くになった。猪作はちょっとそこで立ちどまって空気を吸うてから、もんどりを打つようにして潜《くぐ》
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