枚二枚はめんどうじゃないか、明日またいっしょに洗うたらいいじゃないか」
「いっしょになったらうるさい、洗うてくる」
「お前がうるさいなら、わしが洗うてやる、今日はやすんだら、どう、麦を刈る時分は時候がわるい、やすんだらいいじゃないか」
「ついでに洗うてくる」
 母親は強いて止めずに思うとおりさしておくがいいと思った。
「それなら洗うて来た、はようもどったよ」
「あい」
 お種は眼だたないように化粧をして常服《ふだんぎ》ではあるが新らしい衣服《きもの》に着かえていた。母親はふとそれに眼をつけて何かしら不安を感じた。
「はようもどったよ」
「あい」
 お種はものに引き寄せられるようにして出て往った。母親はその後を見送って考え込んでいたが、そうしてもいられないので急いで麦の穂をこきだした。母親はそうして麦をこいているうちにもお種のことが気になるので、半時ばかりして往ってみた。
 お種は洗濯物を平生《いつも》の処へ浸したままで姿が見えなかった。母親は驚いてそのあたりを探して歩いたが、何処にもお種はいなかった。野には稲の一番草を除《と》っている者もあれば麦を刈っている者もあった。母親は附近にいる
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