しているので母親が畳みかけて云った。
「はよう飯を喫て、与平さんのところに湯が沸いたと云うから、もろうて入って来た」
「あい」
お種はやっと気が注いたようにあがって来て母親の傍で飯を喫《く》ったが、平生《いつも》のように喫わないですぐ茶碗を置いた。
「今晩は、ふだんのように飯を喫わんが、心地でもわるいか」
「わるうない、なんともない」
お種は母親の顔を見た。
「なんともなけりゃ、これから往て、湯に入って来た」
「あい」
「おそうなったら、湯がきたのうなる、はやいがいい」
「あい」
お種は土間へおりて手拭竿から手拭を執り、糠袋を持って表へ出た。月が出て外は明るかった。お種は門口の二三段の石段をおりて家の下の道を右の方へ往った。道の右側は並んだ人家の下の低い崖で、左側は勾配の緩い畑地であったが、其処には熟した麦があり蜀黍《もろこし》があり、麻があり柿の木があった。
お種の往った家は半丁ばかり離れていた。其処は家の前に蜜柑や枇杷を植えてあった。お種はその果樹園の中を通って往き、裏の馬小屋と雪隠《せっちん》の境にたてた五右衛門風呂の口で、前《さき》に来ている三人ばかりの人の順じゅんに入
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