《おれ》の首が落ちてやしないか」
「そうですねえ、船べりで煙管《きせる》を叩くと、よく雁首《がんくび》が川の中へ落ちますよ」
「そうじゃない、俺の首だよ、何処にも傷が附いてやしないか」
「じょうだん云っちゃいけませんよ、何で傷がつくものですか」
 やがて新三郎は船を急がせて帰って来たが、船からあがる時、
「旦那、こんな物が落ちておりますよ」
 と云って、伴蔵のさしだした物を見ると、それはさっき夢の中でお露から貰った彼《か》の秋草に虫の象眼のある香箱の蓋であった。

       二

 新三郎は精霊棚《しょうりょうだな》の準備《したく》ができたので、縁側へ敷物を敷き、そして、蚊遣《かやり》を焚《た》いて、深草形の団扇《うちわ》で蚊を追いながら月を見ていた。それは盆の十三日のことであった。新三郎はその前月、久しぶりに尋ねて来た志丈から、お露が己《じぶん》のことを思いつめて、其のために病気になって死んだと云うことを聞いたので、それ以来お露の俗名《ぞくみょう》を書いて仏壇に供え、来る日も来る日も念仏を唱えながら鬱《うつ》うつとして過しているところであった。
 と、生垣の外からカラコン、カラコ
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