こで忘れていたから明日はきっと剥しておくと云ったが、考えてみると、いくらなんでもあんな小さい窓から人間が出入のできるものではない。これはきっと幽霊にちがいないから、もしもの事があってはたいへんだと思って、おみねにも話さずにいるとのことであった。
「そんなわけで、おれは此処を引越してしまおうと思うよ」
 するとおみねが、
「明日の晩来たら、私ども夫婦は、萩原さまのおかげで、こうやっているから、萩原さまに万一の事があっては、生活《くらし》がたちませんから、どうか生活のたちゆくようにお金を百両持って来てください。そうすれば、きっと剥がしておきますと云うがいいよ」
 と云った。

 その翌日、伴蔵とおみねは新三郎の家《うち》へ往って、無理に新三郎に行水《ぎょうずい》をつかわすことにして、伴蔵が三畳の畳をあげると、おみねが己《じぶん》の家で沸した湯と盥《たらい》を持って来た。そこで新三郎は衣服《きもの》を脱ぎ、首にかけていた彼《か》の海音如来のお守を除《と》った。
「伴蔵、これはもったいないお守だから、神棚へあげておいてくれ」
 伴蔵はそれを大事そうに執った。
「おみね、旦那の体を洗ってあげな」
前へ 次へ
全19ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング