に入れて首にかけ、蚊帳を釣って其の中で経文を読んでいた。
其のうちに夜になって、カラコン、カラコンと云う下駄の音が聞えて来た。新三郎は一心になって経文を唱えていたが、やがて駒下駄の音が垣根の傍でぴたりととまったので、恐るおそる蚊帳から出て雨戸の節穴《ふしあな》から覗いてみた。いつものようにお米が牡丹燈籠を持っている後に、文金の高髷に秋草色染の振袖を著《き》たお露が、絵の中から抜け出たような美しい姿を見せていた。新三郎はぞっとした。其の時|家《うち》の周囲に眼をやっていたお米がお露の方を見た。
「お嬢さま、昨夜《ゆうべ》のお詞《ことば》と違って萩原さまは、お心|変《がわり》あそばして、あなたが入れないようにしてございますから、とてもだめでございます。あんな心の腐った男は、もうお諦《あきら》めあそばせ」
「あれほどまでにお約束をしたのに、変りはてた萩原さまのお心が情けない。お米や、どうぞ萩原さまに逢わせておくれ、逢わせてくれなければ、私は帰らないよ」
お露は振袖を顔にあてて泣きだした。其のうちに二人が裏口の方へ廻ったようであるから、新三郎は蚊帳の中へ入ってぶるぶると顫えていた。
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