。そこには家も庭もまったくなくて、ただ木の花が落ち散っているばかりであった。呉は姑《おば》の墓がそのあたりにあるような気がしたが、何も墓らしいものが見えないので、疑い怪しみながら帰って来た。
 母親は呉の報告を聞いて、嬰寧を幽霊ではないかと疑って、その室へ入っていって、
「お前さんの家は、ないというじゃないか、どうしたの。」
 といったが、嬰寧はべつにあわてもしなかった。
「お気の毒ねえ、家がなくなって。」
 ともいったが、べつに悲しみもせずに笑うばかりであった。
 嬰寧は何につけても笑うばかりであるから、だれもその本姓を見きわめることはできなかった。母親は夜、嬰寧と同じ室に寝ていた。嬰寧は朝早く起きて朝のあいさつをした。裁縫をさしていると手がうまかった。ただ善く笑うだけは止めても止まらなかった。しかし、その笑いはにこにこしていて、狂人のように笑っても愛嬌《あいきょう》をそこなわなかった。それで人が皆楽しく思って、隣の女や若いお嫁さん達が争って迎えた。
 母親は吉日を択《えら》んで王と嬰寧を結婚させることにしたが、しかし、どうも人間でないという恐れがあるので、ある日、嬰寧が陽《ひ》の中
前へ 次へ
全25ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング