いた。
「おい、彭君じゃないか」
 だしぬけに声をかけるものがあった。彭は吃驚《びっくり》して我に返った。それは霊隠寺《れいいんじ》へ行っていた友人であった。
「ああ君か」
「君は、いったい此所《ここ》で何をしているのだ」
 彭は女を捜しているとも言えなかった。
「散歩に来たところなのだ」
「そうかね、じゃ、いっしょに帰ろうじゃないか」
 彭は友人と同時《いっしょ》に帰ってきたが、女のことが諦められないので、翌日は朝から孤山の麓へ行って、彼方此方と探して歩いたがどうしても判らなかった。人を見つけて聞いてみても、何人《だれ》も知っている者がなかった。それでも思い切れないので、その翌日もまたその翌日も、毎日のように孤山の麓へ行って日を暮した。
 彭はとうとう病気になって、飯もろくろく喫《く》わずに寝ているようになった。と、ある夜、扉を開けて入ってきた者があった。彭は何人《だれ》かきたとは思ったが、顔をあげるのも苦しいのでそのままじっとしていた。
「公主からお迎えにあがりました」
 眼を開けて見ると、稚児髷《ちごまげ》に結《ゆ》うた女の子が燈籠を持って枕頭《まくらもと》に立っていた。しかし、
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