た。彭はしかたなしに西冷橋《せいれいきょう》まで帰ってきた。橋を渡ろうとしてふと見ると、東の方から見覚えのあるかの女がきた。
「貴郎」
「お前か」
 二人は手を取り合った。
「家がなくなっているが、どうしたのだ」
「家が焼けたものですから、雷峰塔の下へ移りました」
「そうか、ちっとも知らなかった」
 二人は其所から舟を雇うて雷峰塔の下へ行った。雷峰塔の下には楼閣が簷を並べていた。
「此所ですよ」
 二人は舟をあがって行った。朱の柱をした綺麗な室が二人を待っていた。女は迎えに出てきた婢《じょちゅう》に言いつけて酒の準備《したく》をさした。女はすこし離れている間に濃艶な女になっていて、元のようなおどおどした可憐な姿はなかった。女はまだ御馳走が終らないのに彭を連れて寝室へ入って行った。
 女は彭に絡まりついて離れなかった。それがために彭は翌日体が起たなかった。女はすこしも傍を離れないで介抱をした。彭はそれが非常に厭《いと》わしかったがどうすることもできなかった。
 たちまち帷をはねあげて入ってきた者があった。彭は驚いて重い眼を開けた。それは自分の傍にいる女とすこしも変らない女であった。入って
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