じょちゅう》らしい女が前を往くので、
「もし、もし」
 と云って呼びとめ、
「このあたりで、何という家がいいのでしょう」
 と云うと、女は、
「さあ、何処がいいでしょうね」
 と云った。私は女が己《じぶん》の家をほめることも出来ないが、それかと云って他へ客をやりたくもないと云う気もちでいることを知った。そこで私は、
「姐《ねえ》さんの家《うち》は、何処《どこ》だね」
 と云うと、女は、
「中津屋《なかつや》でございます」
 と云った。私はさっそく中津屋へ往くことにして女に跟《つ》いて往った。「やつがはし」とした小溝《こどぶ》にかけた橋を右にして、新道を折れると温泉街であった。
 私は中津屋へ入って、まず温泉に入り、それから二階へあがって雑記帳を啓《あ》けていると、彼《か》の女《おんな》が来て、
「御飯はどういたしましょう」
 と云った。私は飯の注文をして、
「ついでに一本持って来てもらおうか」
 と云った。
 すると女はにやりと笑った。
「お気のどくですが、来宮様のお祭でございますから、旦那は御存じでしょう」
 と云った。私は何も知らないので、
「何も知らないが、来宮様のお祭って、なん
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