だい」
 と云うと、女はまたにやりと笑って、
「御存じでしょう、旦那は」
 と云って、私がしらばくれているような云い方をするので、
「知るものか。なんだい、来宮様がなんだい」
 と云うと、女ははじめて私が何も知らないことを知ったのか、
「御存じないですか。来宮様は、お酒が好きで、酒を飲んで、寝ておりますと、火事になって、火が華表《とりい》の傍まで燃えて来ても眼が覚めんものですから、鳥が来て起してくれましたが、起きられないで、火傷《やけど》をしましたから、それで、暮れの十七日の夜の十二時から、むこう一週間、酒を飲まんことになっております」
 と笑い笑い云った。
「そうかい、そいつはいかんな」
「お気のどくですが、それで、来宮様のお祭には、この土地では、一切酒を飲まないことになっておりますから」
「それじゃ、酒がなくてはいられない者は、どうするのだ」
「その方は、他の村へ往くのですよ」
「そうか、それじゃだめだね、今日は」
「お気のどくですが」
 一ぱいやろうと思って楽しみにしていた私も、あきらめるより他にしかたがなかった。
「それじゃ、しかたがない、飯だけ」と云ってから、「しかし、これが
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