「雉ですから、早く起きてください、たいへんです」
「なにがたいへんだ、そうぞうしい。それより、咽喉《のど》がかわいた、水を一ぱい持って来い」
「だめです、そんな暢気なことを云ってちゃ、焼け死にます、早く起きてください」
「酒を飲んで焼け死ぬる奴があるか、水を持って来い」
 火はもうその時|華表《とりい》に燃え移っていた。雉は半狂乱になっていたが、大きな胴体をしている来宮様を抱いて往くことができなかった。
「早く、早く、早く起きないと、焼け死にます、早く、早く」
「なにを、そんなにあわてるのだ」
 来宮様がやっと正気になって、顔をむっつりあげた時には、もう華表は一面の火になっていた。それにはさすがの来宮様も驚いて逃げようとしたが、焔《ほのお》に包まれたので逃げることができなかった。
 そこへ土地の者がかけつけて来て火を消し、来宮様を御殿へ伴れて往っていろいろ介抱したが、火傷《やけど》がひどかったので、それがためにとうとう歿《な》くなってしまった。

       二

 その来宮様のいた処は、今の静岡県《しずおかけん》加茂郡《かもごおり》下河津村《しもかわづむら》の谷津《やづ》であった。
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