御殿の前へ往ってはらはらしていたが、神様のことも心配なので、華表の処まで来たところで、来宮様は暢気《のんき》そうに華表の下で鼾《いびき》をかいて眠っていた。雉はまあなんという暢気な神様だろうと呆《あき》れたが、ぐずぐずしていられないので、
「たいへんです、たいへんです、神様、火事です、たいへんです」
と云って狂気《きちがい》のようになって叫んだが、来宮様はいっこうに起きない。火はもう傍へ来て、今にも華表に燃え移りそうになって来た。雉は気が気ではない。
「たいへんです、たいへんです、起きてください、起きてください、神様、火事です、火が燃えつきます、神様」
雉の声がやっと通じたのか、来宮様はううと云うような唸《うなり》声を出した。雉は此処《ここ》ぞと思って、
「起きてください、火事です、火が燃えつきます、たいへんです」
と叫ぶと、来宮様はやっと眠りからさめかけた。
「うう、うう、ううん」
「ううんじゃありません、火事です、たいへんです、起きてください」
「やかましい、たれだ」
「たれもかれもありません、そんなことを云ってる場合じゃありません、起きてください、たいへんです」
「雉か」
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