つばかり見えてゐた。
秀夫は今晩こそ行くと言ふ彼に取つては一つの決心をしてゐるので、昨夜のやうに胸先に垂れさがつてゐる幕のやうな物の圧迫もなかつた。彼はその足で牡蠣船の階段をおりて狭い電話室の喰付いてゐる入口へと行つた。
「お客さんだよ、」
左側の料理場らしい所から男の声がすると小柄な女中が出て来たが、あがる拍子にみると左の眼がちよと潤んだやうになつてゐた。秀夫は女中に随いて狭い廊下をちよと行くと、行詰の左側に引立てになつた襖の半開きになつた室があつた。女中は秀夫をその中へと案内した。秀夫は中へ這入つてからその室が向ふから右側に見える昨夜の室だと言ふことをすぐ悟つた。
其処には足の低い食卓が置いてあつた。秀夫は昨夜客のゐた所は此処であつたなと思ひながら艫を背にして坐つた。その内に女は引返して行つて火鉢を持つて来た。
「なにあがります、牡蠣あがりまつか、」
来る時に男の頭の見えてゐた隣の室では男と女の笑ふ声がしてゐた。秀夫はあの綺麗な女中は隣にでもゐるだらうかと思ひながら。
「西洋料理は出来ませんか、」
彼はまご/\してゐて田舎者と笑はれないやうにと、西洋料理へ行つた時に友達の
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