牡蠣船
田中貢太郎
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あさ[#「あさ」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)あり/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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秀夫は凭れるともなしに新京橋の小さなとろとろする鉄の欄干に凭れて、周囲の電燈の灯の映つた水の上に眼をやつた。重どろんだ水は電燈の灯を大事に抱へて動かなかつた。それは秀夫に取つては淋しい眼に見える物が皆あさ[#「あさ」に傍点]れたやうに思はれる晩であつた。橋の上には沢山の人が往来をしてをり短い橋の左の橋詰の活動写真館からは騒々しい物音が聞ゑ、また右の橋詰の三階になつた牛肉屋からも客の声が騒がしく聞えてゐたが秀夫の心には何の交渉もなかつた。
秀夫はその町の銀行に勤めてゐた。彼は周囲の友達のやうに華かな世界がなかつた。その晩も下宿で淋しい木屑を喫むやうな夕飯を済ますと机の上の雑誌を取つて覗いてゐたが、なんだかぢつとしてゐられないので活動でも見て帰りに蕎麦でも喫はうと思つて其所の活動写真館へやつて来た。写真は新派
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