くなった女房のことは忘れてしまって夜のくるのを待っていた。夜になると女は少女を連れてきた。軽い小刻みな韈《くつ》の音がすると、喬生はいそいで起って行って扉を開けた。少女の持った真紅の鮮やかな牡丹燈がまず眼に注《つ》いた。
 女は毎晩のように喬生の許《もと》へきて、天明になって帰って行った。喬生の家と壁一つ隣に老人が住んでいた。老人は鰥暮《やもめぐら》しの喬生が夜になると何人《たれ》かと話でもしているような声がするので不審した。
「あいつ寝言を言ってるな」
 しかし、その声は一晩でなしに二晩三晩と続いた。
「寝言にしちゃおかしいぞ、人もくるようにないが、それとも何人か泊りにでもくるだろうか」
 老人はこんなことを言いながらやっとこさと腰をあげ、すこし頽《くず》れて時おり隣の灯の漏れてくる壁の処へ行って顔をぴったりつけて好奇《ものずき》に覗いて見た。喬生が人間の骸骨と抱き合って牀《こしかけ》に腰をかけていたが、その時嬉しそうな声で何か言った。老人は怖れて眼前が暗むような気がした。彼は壁を離れるなり寝床の中へ潜りこんだ。

 翌日になって老人は喬生を自分の家へ呼んだ。
「お前さんは、大変なこ
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