を内へ入れた。
「あなたのお住居は、何方ですか」
喬生は女の素性が知りたかった。女は美しい顔に微かに疲労の色を見せていた。
「私は湖西に住んでいる者でございます、もとは奉化《ほうか》の者で、父は州判でございましたが、その父も、母も亡くなって、家が零落しましたが、他に世話になる、兄弟も親類もないものですから、これと二人で、毎日淋しい日を送っています、私の姓は符《ふ》で、名は淑芳《しゅくほう》、字《あざな》は麗卿《れいきょう》でございます」
喬生はたよりない女の身が気のどくに思われてきた。
「それはお淋しいでしょう、私も、この頃、家内を亡くして、一人ぼっちになっているのですが、同情しますよ」
「奥様を、お亡《なくな》しなさいました、それは御不自由でございましょう」
「家内を持たない時には、そうでもなかったのですが、一度持っていて亡くすると、何だか不自由でしてね」
「そうでございましょうとも」
女はこう言って黒い眼を潤ませて見せた。喬生はその女と二人でしんみりと話がしたくなった。
「彼方へ行こうじゃありませんか」
女はとうとう一泊して天明《よあけ》になって帰って行った。喬生はもう亡
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