明山の頂上の松の下に小さな草庵があって、一人の老人が几《つくえ》によりかかって坐っていた。草庵の前には童子が丹頂の鶴の世話をしていた。人びとは老人の前へ行って拝《おじぎ》をした。
「わしは、こんな処へ籠っている隠者だから、そんなことはできない、それは何かの聞き違いだろう」
 人びとは玄妙観の魏法師から教えられて来たと言った。
「そうか、わしは、今年で、もう、六十年も山をおりたことはないが、饒舌《おしゃべり》の道士のために、とうとう引っぱり出されるのか」
 道人は鶴の世話をしている童子を呼んで、それを伴《つ》れて山をおりかけたが、鳥の飛ぶようで追いついて行けなかった。人びとがへとへとに疲れてやっと西門外へ行った時には、道人はもう方丈の壇を構えていた。
 やがて道人は壇の上へ坐って符を書いて焚いた。と、三四人の武士がどこからともなしにあらわれてきた。皆黄いろな頭巾を被って、鎧を着、錦の直衣《ひたたれ》を着けて、手に手に長い戟《ほこ》を持っていた。武士は壇の下へきて並んで立った。
「この頃、邪鬼が祟りをして、人民を悩ますから、その者どもを即刻捕えてこい」
 武士は道人の命令を聞いてどことなし
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