いた。

 道度は初めに世話になった女に見送られて門を出た。そして、十足《とあし》ばかり歩いて後ろを振り返った。庁館がまえの家はなくなって、荊棘《いばら》の伸びはびこった古塚があった。道度は驚いてあたふたと駈けだした。暫く走って気が注《つ》いて懐中《ふところ》に手をやった。黄金の枕は依然としてあった。

 道度は秦の国へ往った。窮乏の極に達した彼は黄金の枕を売って金を得ようと思った。彼は市場の方へ歩いて往った。市場には数多《たくさん》の人が集まってきて交易をやっていた。道度は金のありそうな人を見かけるとその枕を出して見せた。
「これを買ってくれないか」
 貧しい書生の持物としては黄金の枕はそぐわなかった。数人の者に見せても何人《だれ》も買おうと言う者がなかった。
「これを買わないか、安く売ってもいい」
 道度はまた往き会った男にその枕を見せた。
 牛に曳かせた綺麗な車がむこうの方からきた。車の周囲には男や女の供人が随《つ》いていた。車には秦の王妃が乗っていた。王妃は道度が手にしている黄金の枕に眼を注《つ》けた。
「あの枕を持っている男をここへ呼べ」
 家来の一人は道度の傍《かたわら》へ
前へ 次へ
全8ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 貢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング