て往った。
「私も一人で、淋しくて困っておるところでございます、御迷惑でも、面白いお話を聞かせて戴きましょう」
 道度は息詰るような気がして顔をまっすぐにすることができなかったが、しだいにくつろぎを感じてきた。主婦は白いすき透るような顔へうっすらと頬紅をさしていた。
「そうしてお歩きになっておりますと、ずいぶん面白いこともございましょう」
 綺麗な主婦はすこしの隔《へだ》ても置かずに道度の相手になった。柔かな婦人の言葉は若い男の耳に心好い響を伝えた。
「私ほど不幸な者は他にありませんよ」
 主婦はこんなことも言って笑顔をした。
 そこへ二人の女が食膳を運んできた。主婦は室の東側になった卓の上へそれを置かした。
「何もありませんが、召しあがってくださいまし」
 主婦はその方へ指をさした。道度は親類の家の食膳でもあるかのように遠慮せずにそこへ往った。香りのいい酒も添えてあった。
 道度は酒を飲み肉を喫《く》った。二人の女が傍にいて給仕をした。女の顔には笑いが漂うていた。道度はもうすっかり寛いで、持ち前の男らしさを見せていた。

 道度は主婦と並んで腰を掛けていた。燈火の光が室の中を紅く染め
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