の壁などが彼にいい気もちを起さした。
「御主人は、こちらにおいでなさいます」
 女は扉を開けた。道度はきまりが悪いのでもじもじしながら入った。
 室《へや》の真中には、体のほっそりした綺麗に着飾った女が牀《しょうぎ》に腰を掛けていた。室の隅ずみには雲母《きらら》の衝立がぎらぎら光っていた。道度は遠くの方からおじぎをした。
「この方が、今、お願いした、書生さんでございます」
 女はこう言って主婦に紹介した。
「さあ、どうぞ、この家は私一人でございますから、御遠慮なさることはございません、そこへお掛けくださいまし、すぐ何か造《こしら》えさしますから」
 主婦はちょっと腰を浮かして、自個《じぶん》の前の牀へ指をさした。
「は、私は隴西の者で、辛道度と申します、こうして、遊学しておりますが、路用が乏しいものですから、皆様に御厄介になっております、突然あがりまして恐縮します」
 道度はまぶしいような顔をして立った。
「そのことは、もう、これから伺っております」
 と、言って主婦は女の方をちらと見た。
「さあ、そこへお掛けくださいまし」
 道度はやっと主婦の前へ往って腰を掛けた。それを見ると女は出
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