に毎日のように逢っている彼は、別にあわてもしなければ悲観もしなかった。今にどこかいい処が見つかるだろうぐらいの気もちで、平気な顔をしてのそのそと歩いた。
 ちいさな野川の土橋を渡って、雑木の黄葉した台地の裾について曲って往くと、庁館《やしき》がまえの大きな建物が見えてきた。
「やっといい処が見つかったぞ」
 道度はその門の方へ往った。門口に女中らしい女が立っていた。あたかも彼が往くのを待っていてくれるように。
 道度は女の前へ往った。女は人懐かしそうな顔をしていた。
「私は隴西《ろうせい》の書生で辛道度という者ですが、金がなくなって食事に困っております、御主人にお願いして食事をさせていただきたいのですが、お願いしてくれませんか」
「あ、御飯を、では、ちょっと、待っていらっしゃい、願ってあげますから」
 女は気軽く言って門の中へ入って往った。道度は石に腰を掛けて待っていた。
 間もなくかの女が引返してきた。
「そうした方なら、今晩泊めてあげてもいいとおっしゃいますから、お入りなさい、ここの御主人は御婦人ですよ」
 道度は礼を言いながらその後に従《つ》いて家の中へ入った。赤く塗った柱、緑色
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