愛卿は大いに驚いて逃げようとしたが、逃げる隙がなくとうとう捕えられて、万戸の前へ引きだされた。
万戸は愛卿の顔を赤濁《あかにごり》のしたいかつい眼でじっと見ていたが、いきなり抱きかかえて一室の中へ入って往った。愛卿はもう悶掻《もが》くのをやめていた。万戸の毛もくじゃらの頬はすぐ愛卿の頬の近くにあった。
「体が、体が汚れております、ちょっと湯あみをさしてくださいまし」
万戸はすこし顔を引いて愛卿の顔を見た。
「なりもこんな汚いなりをしております、ちょっとお待ちを願います」
愛卿はにっと笑って万戸の眼を見入った。
「そうか」
万戸もにっと笑って愛卿を下におろした。
愛卿はも一度万戸の方を見て恥かしそうに笑いながら外へ出た。そして、一室へ入って水で体を洗い、静かに、傍《かたわら》の閤《こざしき》へ入って往ったが、それっきり出てこなかった。
女のくるのを待っていた万戸は、あまり遅いので不審を起して、探し探し閤の中へ往った。閤の中では愛卿が羅巾《らきん》を首にかけて縊《くび》れていた。
万戸は驚いて介抱したが蘇生しないので、綉褥《しとね》に包んで家の背後の圃中《はたなか》にある銀杏
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