往った。由平はそこで元気をつけるために酒を喫《の》んだ。酒に弱い由平は一本ですっかり酔って床の中へ入った。そして、眼を覚ましたのは夜半の一時|比《ごろ》であった。由平は咽喉《のど》が乾いたので水差を取ろうとした。すると由平の指に水に濡れた布片《ぬのぎれ》のような物が触れた。由平はおやと思って眼をあげた。其処には何人《たれ》かが立っていた。
「何人《たれ》だ」
 それは阿芳の姿であった。燈の無い真暗の室《へや》の中で阿芳の姿ははっきり見えた。
「又、出たな」
 由平は飛び起きた。床の間の鹿の角の刀架《かたなかけ》に一本の刀が飾ってあった。由平はそれを取って阿芳に斬りつけた。刀は外れて襖《ふすま》へ的《あた》った。其の音を聞きつけて婢が飛んで来た。
「来たな」
 由平は婢の肩端《かたはじ》へ斬りつけた。婢は悲鳴をあげて倒れた。婢の悲鳴を聞きつけてあがって来た主翁《ていしゅ》は、由平の後《うしろ》から抱き縮《すく》めようとした。由平は腰をひねって主翁を振りはなして、逃げようとする主翁に背後から血刀を浴びせた。主翁は廊下へ半身を出して倒れた。同時に由平の体はよろめいて前へ泳ぎ、主翁の死体に躓《
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