や》の中を見廻した。由平も不思議に思って四辺《あたり》を見た。由平の隣には別に座蒲団が一枚敷いてあった。婢は其の座蒲団へ手をやった。
「今まで其処にいられましたが」
「え」
由平はぎょっとしたが、そんな素振《そぶり》を見せてはならぬ。
「そんな事があるものか、そりゃ何かの間違いだろう」
婢は不思議そうな顔をして膳をさげて往った。由平は鬼魅《きみ》がわるかったが、強いて気を強くして箸を執った。そして、椀の蓋を取ろうとしたところで、別な蒼《あお》い手がすうっと来て由平の手を押えた。由平ははっとして顔をあげた。由平の前に若い女が坐っていた。それは死んだはずの阿芳であった。阿芳の顔は蒼くむくみあがって、衣服はぐっしょりと濡れていた。由平は椀を取って阿芳の顔へ投げつけた。椀は壁に当って音をたてた。由平は続けて手あたり次第に膳の上の茶碗や小皿を投げた。其の物音に驚いて主翁《ていしゅ》があがってきた。
「どうなさったのです」
主翁は怒っていた。由平ははっとして我にかえった。
「鼠が出て来て煩《うる》さいから、追ったのだよ」
「鼠ぐらいで、そう乱暴されちゃ困ります」
主翁は小言を云いながら出て
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