っとしていられないので村の方へ向って走った。
翌朝阿芳の死体は漁師の手で拾いあげられた。由平と阿芳の間は村の人だちにうすうす知られていたので、村の人だちの眼は由平に集った。由平は居たたまらなくなったので、二三日して村を逃げだした。
村を逃げだした由平は、足のむくままに吉田《よしだ》へ往って、其処の旅宿へ草鞋《わらじ》を解いた。宿の婢《じょちゅう》は物慣れた調子で由平を二階の一間へ通した。
「直ぐ御食事になさいますか」
「さあ、たいして腹も空いていないが、とにかく持って来てもらおうか」
婢が去ると、由平はごろりと其処へ寝転んだ。由平は将来を考えているところであったが、由平の懐中には二十円ばかりの金しかなかった。しかし、何をするにしても二十円の金では不足であった。由平は考えれば考えるほど前途が暗かった。
「お待ちどおさま」
婢に声をかけられて由平は身を起した。由平の前には二つの膳が据えてあった。由平は婢が感違いをしたろうと思った。
「おい、此処《ここ》は一人だよ」
「でも奥さんは」
「冗談じゃない、俺は一人だよ」
「でも、さっき、たしかにお伴《つ》れ様が」
婢は不思議そうに室《へ
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