扉を開けた。嵐が入っていくと、阿繊はひとりみの苦しさを訴えた。嵐はいった。
「三郎兄さんは、あなたをひどく思っているのです。夫婦ですもの、仲違い位はありますよ。なぜこんなに遠くまで逃げるのです。」
 そこで輿《くるま》をやとって一緒に帰ろうとした。阿繊は悲しそうにいった。
「私は人あつかいをせられないので、とうとう母と隠れたのです。今、返っていったなら、いやな顔をせられるのでしょう。もしまた帰るとなれば、大兄《おおにい》さんと別家するのですね。でなければ私は死んでしまいます。」
 嵐はそこで帰って三郎に知らした。三郎は昼夜兼行でいって阿繊に逢った。二人は顔を見合わして泣いた。翌日二人は出発することにして屋主《やぬし》に知らした。屋主の謝監《しゃかん》という男は、阿繊の美しいのを見て、妾にしようと思って、初めから家賃を取らずに置いて、頻りに老婆にほのめかしたが、老婆はことわっていた。その老婆が死んでくれたので、屋主は目的が達せられると思って喜んでいると、三郎が来たので、初めからの家賃を計算して苦しめにかかった。三郎の家はもう豊かでないから、多額になっている家賃のことを聞いて心配した。する
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