、一曲お歌いなさいよ。」
 女はそこで低い声で朗吟《ろうざん》[#ルビの「ろうざん」はママ]した。
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間階桃花《かんかいとうか》取次に開く
昨日|踏青《とうせい》小約未だ応《まさ》に乖《もと》らざるべし
嘱付《しょくふ》す東隣の女伴
少《すこし》く待ちて相催すなかれ
鳳頭鞋子《ほうとうあいし》を着け得て即《すなわ》ち当《まさ》に来るべし
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 朗吟が終った。一座の者で賞《ほ》めない者はなかった。一座はやがて笑い話になった。不意に大きな男があらわれて来た。それは恐ろしい顔の鶻《くまだか》のように眼のぎらぎらと光る男であった。女達は口ぐちにいった。
「妖怪《ばけもの》だ。」
 皆あわてふためいて鳥が飛び散るようにばらばらになって逃げた。ただ朗吟していた者だけは、なよなよとした姿でためらっているうちにつかまえられ、啼《な》き叫びながら一生懸命になって抵抗した。怪しい男は吼《ほ》えるように怒って、女の手に噛みついて指を噛み断《き》り、それをびしゃびしゃと噛《か》んだ。女はそこで地べたに※[#「足へん+倍のつくり」、第3水準1−92−37]《たお》れて
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