知しないので、とうとう夏侯《かこう》という姓の家へ再縁した。その夏侯は景の家の地並びにいたが、田の境のことで代代仲が悪かった。景はそのことを聞いてますます夏侯の家を恨んだ。そして康はその一方で阿霞が来て自分の心を満足さしてくれるのを待っていたが、一年あまりしても行方《ゆくえ》が解らなかった。
 ある時、海の神を祭ってある社《やしろ》の祭礼があった。祠《ほこら》の内にも外にもその附近の男女があふれていた。景もその中に交っていたが、遥か向うの方にいる一人の女を見ると、ひどく阿霞に似ているので、近くへいってみた。いったところで女は人群の中へ入っていった。景もそれについていった。女は門の外へ出た。景もまたそれについていったが、女はとうとう飄然《ひょうぜん》といってしまった。景はそれに追っつこうとしたが追っつけなかった。景はもだえながら返って来た。
 後半年ばかりしてのことであった。ある日、景が途《みち》を歩いていると、一人の女郎《むすめ》が朱《あか》い衣服を着て、たくさんの下男を伴《つ》れ、黒い驢《ろば》に乗って来るのを見た。それを見ると阿霞であった。そこで景は伴をしている下男の一人に訊いた。
「奥さんは何という方です。」
 すると下男が答えた。
「南の村の鄭《てい》公子の二度目の奥さまでございます。」
 景はまた訊いた。
「いつ婚礼をしたのです。」
 下男はいった。
「半月ほど前でございます。」
 景は半月[#「半月」は底本では「年月」]位前とはおかしいと思った。
「それは思いちがいじゃないかね。」
 驢の上の女郎はこの言葉を聞いて、振り向いてじっと見た。それはほんとうの阿霞であった。景は女が約束に負《そむ》いて他の家へ適《い》ったのを知って憤《いきどお》りで胸の中が一ぱいになった。彼は大声をあげて叫ぶようにいった。
「阿霞、君は昔の約束を忘れたのか。」
 下男達は景が主婦の名を口にするのを聞いて、怒ってなぐりつけようとした。女はそれを止めて、障紗《かおおおい》を啓《あ》けて景にいった。
「人に負いておいて、どんな顔をして私を見るのです。」
 景はいった。
「君が自分で僕に負いてるじゃないか。僕が何を君に負いたのだ。」
 女はいった。
「奥さんに負くのは、私に負くよりもひどいです。少さい時から夫婦になっている者さえそうするのですから、まして他の者であったら、どうするのでし
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