ょう。先には先祖の徳が厚くて、及第者の名簿に乗っていたのですから、身を委《まか》してましたが、今は奥さんを棄てたために、冥官《あのよのやくにん》から福を削られたのです。今年の試験の亜魁《あかい》になる王昌はあなたの名に替るのです。私はもう鄭に片づきましたから、私のことを心配してくださらなくってもいいのです。」
 景は俯向《うつむ》いたままで何もいうことができなかった。女は驢に鞭を加えて飛ぶように往った。景はそれを見て嘆き悲しむのみで如何ともすることができなかった。
 その年の試験に景は落第して、亜魁すなわち経魁五人に亜《つ》ぐの成績を得たのは果して王昌であった。鄭も及第した。景はそれがために軽薄だという名がひろまった。
 四十になっても景は細君がなかった。家はますます衰えて、いつも友達の家へいって食事をさしてもらっていた。ある時ふと鄭の家へいった。鄭は款待《かんたい》して泊っていかした。阿霞は客を窺《のぞ》いて景を見つけ、それを憐んで鄭に訊いた。
「お客さんは景慶雲ではありませんか。」
 鄭はそこで阿霞[#「阿霞」は底本では「阿震」]にどうして知っているかと訊いた。阿霞はいった。
「まだ、あなたの所へまいりません時に、あすこへ逃げ込んで、ひどくお世話になっております。あの人は行いは賎しいのですが、それでも先祖の徳がまだたえておりません。それにあなたとはお友達ですから、友達のよしみになんとかしてあげたらいいでしょう。」
 鄭はそれをもっともの事であるとして、景の着ている敗れた綿入をかえさし、数日間|留《と》めてやった。それは夜半ごろであった。景が寝ようとしていると婢《じょちゅう》が来て二十余金を置いていった。その時阿霞は窓の外に立っていたが、
「それは、私の金ですから、昔お世話になったお礼にさしあげます。お帰りになったら、良い匹《つれあい》をお求めになるがよいでしょう。幸にあなたには先祖の徳が厚いのですから、まだ子孫に及ぼすことができます。どうかこれから、二度と節制を失わないようにして、晩年を送ってください。」
 景は感謝して帰り、その金のうちから十余金さいて、ある縉紳《しんしん》の家にいる婢《じょちゅう》を買って細君にしたが、その女はひどく醜くて、それで気が強かった。景とその女との間に一人の子供が生れたが、後に郷試と礼部の試《し》に及第した。
 鄭は官が吏部郎までい
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