の四四四である。先月よりは二コンマの少しだけ多い。段々|野良《のら》の仕事が急《いそ》がしくなつて欠席の多くなるべき月に、これ以上歩合を上せては、郡視学に疑はれる惧《おそ》れがある。尤《もつと》も、今後若し六十以下に下るやうな事があつたら、仕方がないから私も屹度その秘伝を遣るつもりだと弁解した。甲田は、女といふものは実に気の小さいものだと思つた。すると福富は又媚びるやうな目付をして斯う言つた。
『ほんとはそれ許りぢやありませんの。若しか先生が、私に彼様《ああ》言つて置き乍ら、御自分はお遣りにならないのですと、私許り詰りませんもの。』
 甲田は、あははと笑つた。そして心では、対手《あひて》に横を向いて嗤《わら》はれたやうな侮辱を感じた。「畜生! 矢つ張り年を老《と》つてる哩《わい》!」と思つた。福富は甲田より一つ上の二十三である。――これは二月も前の話である。
 甲田は何時《いつ》しか、考へるともなく福富の事を考へてゐた。考へると言つたとて、別に大した事ではない。福富は若い女の癖に、割合に理智の力を有つてゐる。相応に物事を判断してもゐれば、その行ふ事、言ふ事に時々利害の観念が閃めく。師範
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