学校を卒業した二十三の女であれば、それが普通《あたりまへ》なのかも知れないが、甲田は時々不思議に思ふ。小説以外では余り若い女といふものに近づいた事のない甲田には、何《ど》うしても若い女に冷たい理性などがありさうに思へなかつた。斯う思ふのは、彼が年中青い顔をしてゐるヒステリイ性の母に育てられ、生来《うまれつき》の跛者《ちんば》で、背が低くて、三十になる今迄嫁にも行かずに針仕事許りしてゐる姉を姉としてゐる故《せゐ》かも知れぬ。彼は今迄読んだ小説の中の女で、「思出の記」に出てゐる敏子といふ女を一番なつかしく思つてゐる。然し彼が頭の中に描いてゐる敏子の顔には、何処の隅にも理性の影が漂つてゐない。浪子にしても「金色夜叉」のお宮にしても、矢張さうである。甲田は女の智情意の発達は、大抵|彼処辺《あすこいら》が程度だらうと思つてゐる。そして時々福富と話してるうちに自分の見当違ひを発見する。尤もこれが必ずしも彼を不愉快にするとは限らない。それから又、甲田は、尋常科の一二年には男よりも女の教師の方が可《い》いといふ意見を認めてゐる。理由は、女だと母の愛情を以てそれらの頑是《ぐわんぜ》ない子供を取扱ふ事が出
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