らねえ。だもんだから、東京の方を方々聞合して、此間《こなひだ》やうやう手紙を寄越したんです。僕が帰らなければ母も死ぬんです。これから帰つて、母を養はなければならないんです。学校はもうお止《や》めです。』
斯う言つて、小さい方の左の目を一層小さくして、堅く口を結んだ。学業を中途に止めるのを如何にも残念に思つてる様子である。甲田は再《また》此男は嘘を言つてるのではないなと思つた。
『東京にもゐたんですか?』と訊いて見た。
『ゐたんです。K――中学にゐたんです。ところがK――中学は去年閉校したんです。君は知りませんか? 新聞にも出た筈ですよ。』
『さうでしたかねえ。』
『さうですよ。そらあ君、あん時の騒ぎつてなかつたねえ。』
『そんなに騒いだんですか?』
『騒ぎましたよ。僕等は学校が無くなつたんだもの。』そして、色々其時の事を面白さうに話した。然し甲田は別に面白くも思はなかつた。ただ、東京の学校の騒ぎをこんな処で聞くのが不思議に思はれた。学生は終《しま》ひに、K――中学で教頭をしてゐて、自分に目を掛けてくれた某《なにがし》といふ先生が、××中学の校長になつてゐたから、その人を手頼《たよ》つ
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