。
甲田は先刻から白い小倉のズボンに目を付けて、若しや窮迫した学生などではあるまいかと疑つて居た。何だか此男と話して見たいやうな気持もあつた。が又、話さなくても可いやうにも思つて居た。すると男は、一刻も早く自分が普通の乞食でないのを白《あきら》かにしようとするやうに、
『僕は××の中学の三年級です。今|郷里《くに》へ帰るところなんです。金がないから乞食をして帰るつもりなんです。郷里は水戸です――水戸から七里許りあるところです。』と言つた。
甲田は、此男は嘘を言つてるのではないと思うた。ただ、水戸のものが××の中学に入つてるのは随分方角違ひだと思つた。それを聞くのも面倒臭いと思つた。そして斯う言つた。
『何故帰るんです?』
『父《おやぢ》が死んだんです。』学生は真面目な顔をした。『僕は今迄自活して苦学をして来たんですがねえ。』
甲田は、自分も父が死んだ為に、東京から帰つて来た事を思出した。
『何時《いつ》死んだんです?』
『一月許り前ださうです。僕は去年××へ来てから、郷里《くに》へ居所《ゐどころ》を知らせて置かなかつたんです。まさか今頃|父《おやぢ》が死なうとは思ひませんでしたか
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