ダブしたズボンの下から、草鞋《わらぢ》を穿いた素足《すあし》が出てゐる。誠に見すぼらしい恰好である。年は二十歳位で、背丈は五尺に充たない。袷の袖で狭い額に滲《にじ》んだ膩汗《あぶらあせ》を拭いた。
『ただ休むだけですか?』と甲田は訊いた。
『さうです。休むだけでも可《い》いんです。今日はもう十里も歩いたから、すつかり疲れて居るんです。』
甲田は一寸《ちよつと》四辺を見廻してから、
『裏の方へ廻りなさい』と言つた。
小使室へ行つて見ると、近所の子供が二三人集つて、石盤に何か書いて遊んでゐた。大きい炉が切つてあつて、その縁に腰掛が置いてある。間もなくその男が入つて来て、一寸会釈をして、草鞋を脱がうとする。
『土足の儘でも可いんです。』
『さうですか、然し草鞋を脱がないと、休んだやうな気がしません。』
斯う言つて、その男は憐みを乞ふやうな目付をした。すると甲田は、
『其処に盥《たらひ》があります。水もあります。』と言つた。その時、広い控所を横ぎつて職員室に来る福富の足音が聞えた。子供等は怪訝《けげん》な顔をして、甲田とその男とを見てゐた。
若い男は、草鞋を脱いで上つて、腰掛に腰を掛け
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