ると福富は、真面目な顔をして、貴方だつて何時《いつ》か、屹度神様に縋《すが》らなければならない時が来ますと言つた。甲田は、そんな風《ふう》な姉ぶつた言振《いひぶり》をするのを好まなかつた。
少し経つとオルガンの音が止んだ。もう止めて来ても可い位だと思ふと、ブウと太い騒がしい音がした。空気を抜いたのである。そしてオルガンに蓋をする音が聞えた。
愈々《いよいよ》やつて来るなと思つてると、誰やら玄関に人が来たやうな様子である。『御免なさい。』と言つてゐる。全《まる》で聞いたことのない声である。出て見ると、背の低い若い男が立つてゐた。そして、
『貴方は此処の先生ですか?』と言つた。
『さうです。』
『一寸休まして呉れませんか? 僕は非常に疲れてゐるんです。』
甲田は返事をする前に、その男を頭から足の爪先まで見た。髪は一寸五分許りに延びてゐる。痩犬のやうな顔をして居る。片方の眼が小さい。風呂敷包みを首にかけてゐる。そして、垢と埃で台なしになつた、荒い紺飛白《こんがすり》の袷の尻を高々と端折つて、帯の代りに牛の皮の胴締《どうじめ》をしてゐる。その下には、白い小倉服の太目のズボンを穿いて、ダブ
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