はした事はありませんと言つた。甲田は、女といふものは正直なものだと思つた。そして、
『それぢややらないのは貴方だけです。』と言つた。福富は目を圓くして、
『まア、校長さんもですか。』と驚いた。
『無論ですとも、盛んに遣つてますよ。』
そこで甲田は、自分がその祕訣を知つた抑々《そも/\》の事から話して聞かした。校長は出席簿を碌々つけないけれども、月末には確然《ちやん》と歩合を取つて郡役所に報告する。不正確な出席總數プラス不正確な缺席總數で割つたところで、結局其處に出來る歩合は矢張り不正確な歩合である。初めから虚僞の報告をする意志が無いと假定したところで、その不正確な歩合を正確なものとして報告するには、少なくとも其間に立派に犯罪の動機が成り立つ。いくら好人物で無能な校長でも、この歩合は不正確だからといふので態々控へ目にして報告するほどの頓馬では無いだらうといふのである。そして斯ういふ結論を下した。田邊校長のやうに意氣地のない、不熱心な、無能な教育家は何處に行つたつてあるものぢやない。田邊校長のゐるうちは、此の村の教育も先づ以て駄目である。だから我々も面倒臭い事は好加減にやつて置くべきであ
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