』と渠は再《また》目を落した。『でも、モウお決めになつてるんぢやないかと、私は思ひますがねす。』
『僕にはまだ、何の話も無いんですがね。』
『ハア?』と云ふなり、渠は胡散臭い目付をしてチラリと対手の顔を見た。白ツぱくれてるのだとは直ぐ解つたけれど、また何処かしら、話が無いと云つて貰つたのが有難い様な気もする。
暫らく黙つて居たが、『アノ、田川さんといふ人は、今度初めて釧路へ来られたのですかねす?』
『然うです。』と云つて竹山は注意深く渠の顔色を窺つた。
『今迄何処に居た人でせうか?』
『函館の新聞に居た男です。』
『ハア。』と聞えぬ程低く云つたが、霎時《しばし》して又、『二面の方ですか、三面の方ですか?』
『何方もやる男です。筆も兎に角立つし、外交も仲々抜目のない方だし……。』
『ハア。』と再《また》低い声。『で今後《これから》は?』
『サア、それは未だ決めてないんだが、僕の考へぢやマア、遊軍と云つた様な所が可いかと思つてるがね。』
渠は心が頻りに苛々《いらいら》してるけれど、竹山の存外平気な物言ひに、取つて掛る機会《しほ》がないのだ。一分許り話は断えた。
『アノ、』と渠は再び顔を
前へ
次へ
全80ページ中75ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング