割合に広くて、火の気一つ無い空気が水の様だ。壁も天井も純白で、真夜中に吸込んだ寒さが、指で圧してもスウと腹まで伝りさうに冷たく見える。青唐草の被帛《おほひ》をかけた円卓子《まるテイブル》が中央に、窓寄りの暖炉の周囲には、皮張りの椅子が三四脚。
 竹山は先づ腰を下した。渠は卓子に左の手をかけて、立つた儘|霎時《しばらく》火の無い暖炉を見て居たが、
『甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]《どんな》事件です?』
と竹山に訊かれると、忽ち目を自分の足下に落して、
『甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2−94−57]事件と云つて、何、其、外ぢやないんですがねす。』
『ハア。』
『アノ、』と云つたが、此時渠は不意に、自分の考へて居る事は杞憂に過ぎんのぢやないかと云ふ気がした。が『実は其、(と再《また》一寸口を噤《つぐ》んで、)私は今日限り罷めさせられるのぢやないかと思ひますが……』と云つて、妙な笑を口元に漂はしながら竹山の顔を見た。
 竹山の眼には機敏な観察力が、瞬く間閃いた。『今日限り? それは又怎してです?』
『でも、
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