け様に叫んで居る。坂の上に鋼鉄色《はがねいろ》の空を劃《かぎ》つた教会の屋根から、今しも登りかけた許りの二十日許りの月が、帽子も冠らぬ渠の頭を斜めに掠めて、後に長い長い影を曳いた。
十二時半頃であつた。
寝る前の平生《いつも》の癖で、竹山は窓を開けて、暖炉の火気に欝した室内の空気を入代へて居た。※[#「門<嗅のつくり」、99−下−14]《げき》とした夜半の街々、片割月《かたわれづき》が雪を殊更寒く見せて、波の音が遠い処でゴウゴウと鳴つて居る。
直ぐ目の下の病院の窓が一つ、パツと火光《あかり》が射して、白い窓掛《カーテン》に女の影が映つた。其影が、右に動き、左に動き、手をあげたり、屈んだり、消えて又映る。病人が悪くなつたのだらうと思つて見て居た。
と、真砂町へ抜ける四角《よつかど》から、黒い影が現れた。ブラリブラリと俛首《うなだ》れて歩いて来る。竹山は凝《じつ》と月影に透して視て居たが、怎《どう》も野村らしい。帽子も冠つて居ず、首巻も巻いて居ない。
其男は、火光の射した窓の前まで来ると、遽《には》かに足を留めた。女の影がまた瞬時《しばらく》窓掛に映つた。
男は、足音を忍ば
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