身に力を入れて、両手に机の縁を攫んで、突然《いきなり》身を反らした。歯を喰しばつて、堅く堅く目を閉ぢて、頭が自づと後に垂れる。胸の中が掻裂《かつさ》かれる様で、スーツと深く息を吸ふと、パツと目があいた。と、空から見下す大きな眼! 洋燈の真上に径二尺、真黒な天井に円く描かれた大きな眼! 「俺はツ」と渠は声を絞つた。
「ウウ」と声がしたので、電気に打たれた様に、全身の毛を逆立てた。渠の声が高かつたので、佐久間が夢の中で唸つたのだ。渠は恐ろしき物を見る様に佐久間の寝顔を凝視《みつ》めた。眠れりとも、覚めたりともつかぬ、半ば開いた其眼! 其眼の奥から、誰かしら自分を見て居る。誰かしら自分を見て居る。…………
野村はモウ耐らなくなつて、突然立上つた。「俺は罪人だ、神様!」と心で叫んで居る。襖《からかみ》を開けたも知らぬ。長火鉢に躓《つまづ》いたも知らぬ。真暗で誰のだか解らぬが、兎に角下駄らしいものを足に突懸けて、渠は戸外へ飛出した。
西寺の横の坂を、側目《わきめ》も振らず上つて行く。胸の上に堅く組合せた拳《こぶし》の上に、冷い冷い涙が、頬を伝つてポタリポタリと落つる。「神様、神様。」と心は続
前へ
次へ
全80ページ中66ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング